◇ しかし、最も早く最も悲惨な
最期を遂げたのはウェルズであった。
麻酔を巡る争いに疲れたウェルズは
歯科医を廃業。
複製画を額に入れて
本物に見せかけて売ろうとしたりと、
怪しげなビジネスに
手を出して失敗を重ねていく。
◇1848年、ウェルズは心機一転、
ニューヨークにやってきた。
一度は辞めた歯科医の仕事を、
エーテルの代わりにクロロホルムを
麻酔に使うことで再開しようと考えたのだ。
ウェルズは新聞広告で、
麻酔を発見したのは自分であり、
これまで誰一人として
体調を崩した人はいないとした上で、
「その感覚はきわめて愉快なものです」
と結んでいる。
なぜ、「愉快」なのか……。
クロロホルムは幻覚を引き起こす薬物であり、
依存性が強く、最悪の場合には死に至る。
亜酸化窒素のときと同様に、
自らが実験台となってクロロホルムの効果を
試す日々を送るうちに、
ウェルズは中毒になってしまった。
◇ 1848年1月、
ウェルズはニューヨークの
警察署の中にいた。
娼婦に硫酸を次々にかけたとして
逮捕・収監されていたのだ。
前夜に実験のためにクロロホルムを
大量に吸引したことまでは覚えていたのだが、
その先のことは覚えていなかった。
正気を取り戻したウェルズは、
自らが犯した罪に愕然となった。
有罪となるのは確実であり、
恥知らずの犯行は、
麻酔の発明者としての名誉を台無しにし、
妻や知人たちを深く傷つけることにもなる。
◇ ウェルズは獄中で、
事の顛末を記した手記を書いている。
「私のせいで、身内の者が
どれだけ苦しむことになるのだろう。
さらにつらいのは、
重要な発見にかかわった者として、
私の名が科学の世界では
よく知られていることだ」
と絶望的な胸の内を吐露する。
翌朝、独房で死んでいる
ウェルズが発見された。
秘かに持ち込んでいたかみそりで、
左足の動脈を切り裂いたのだ。
傷口は十五センチもあり、
骨に達するほど深かったという。
「麻酔の発見」からわずか
3年後のことだった。
つづく
今日一日の人生を大切に!
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