ある少年の記憶     vol.994

その先生が5年生の

  担任になった時のこと、

 

    一人、服装が不潔でだらしなく、

    どうしても好きになれない少年がいた。

 

先生はその少年の悪いところばかりを

中間記録に記入するようになっていた。

 

ある時、少年の1年生からの

  記録が目に止まった。

 

 朗らかで、友達が好きで、

 人にも親切。

 

勉強もよくでき、

将来が楽しみ、とある。

 

間違いだ。

 

他の子の記録に違いない、

先生はそう思った。

 

2年生になると、

 母親が病気で世話を

 しなければならず、

 

 時々遅刻する、と書かれていた。

 

3年生では母親の病気が

 悪くなり、

 

 疲れていて、教室で居眠りする。

 

 後半の記録には母親が死亡。

 

希望を失い、悲しんでいる、

とあり、

 

4年生になると

父は生きる意欲を失い、

 

アルコール依存症となり、

子どもに暴力をふるう。

 

先生の胸に

  激しい痛みが走った。

 

 ダメと決めつけていた子が突然、

 深い悲しみを生き抜いている、

 

生身の人間として自分の前に

立ち現れてきたのだ。

 

先生にとって

目を開かれた瞬間であった。

 

放課後、

    先生は少年に声をかけた。

 

先生は夕方まで教室で仕事をするから、

あなたも勉強していかない?

 

わからないところは教えてあげるから

 

少年は初めて笑顔を見せた。

 

それから毎日、

少年は教室の自分の机で

予習復習を熱心に続けた。

 

授業で少年が初めて手をあげた時、

先生に大きな喜びがわき起こった。

 

少年は自信を持ち始めていた。

 

クリスマスの午後だった。

 

  少年が小さな包みを

  先生の胸に押しつけてきた。

 

あとで開けてみると、

香水の瓶だった。

 

亡くなったお母さんが

使っていたものに違いない。

 

先生はその一滴をつけ、

夕暮れに少年の家を訪ねた。

 

雑然とした部屋で

独り本を読んでいた少年は、

 

気がつくと飛んできて、

先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

 

ああ、お母さんの匂い!

 

きょうはすてきなクリスマスだ

 

6年生では先生は

 少年の担任ではなくなった。

 

卒業の時、先生に少年から

1枚のカードが届いた。

 

先生は僕のお母さんのようです。

そして、いままで出会った中で

一番すばらしい先生でした。

 

それから6年。

 

   またカードが届いた。

 

   明日は高校の卒業式です。

   僕は5年生で先生に担当してもらって、

   とても幸せでした。

 

おかげで奨学金をもらって

医学部に進学することができます。

 

10年を経て、

    またカードがきた。

 

 そこには先生と

   出会えたことへの感謝と

 

父親に叩かれた体験があるから

患者の痛みがわかる

医者になれると記され、

 

こう締めくくられていた。

 

僕はよく5年生の時の

先生を思い出します。

 

あのままだめになってしまう僕を

救ってくださった先生を、

神様のように感じます。

 

大人になり、

医者になった僕にとって

最高の先生は、

 

5年生の時に担任してくださった

先生です。

 

そして1年後。

 

 届いたカードは

 結婚式の招待状だった。

 

「母の席に座ってください」と一行、

 書き添えられていた。

 

    ーー『致知』連載されていた話

 

たった1年間の担任の先生との縁。

 

 その縁に少年は無限の光を見出し、

 それを拠り所として、

 それからの人生を生きた。

 

ここにこの少年の素晴らしさがある。

 

人は誰でも無数の縁の中に生きている。

 

無数の縁に育くまれ、

人はその人生を開花させていく。

 

大事なのは、

「与えられた縁をどう生かすか」である。

 

 

今日一日の人生を大切に!

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