◇ まるでレギュラー番組のように、
連日連夜 “炎上ネタ” が報じられているが
今回は女性誌の広告が物議をかもしている。
「働く女は、結局中身、オスである」
こんなキャッチコピーが先月末
東京メトロ・表参道駅にデカデカと掲載された。
広告主は、
小学館の女性誌『Domani(ドマーニ)』
雑誌の最新号を宣伝するための
キャッチコピーが並ぶ。
「今さらモテても迷惑なだけ」
「忙しくても、ママ感出してかない!」
「“ママに見えない”が最高のほめ言葉」
「ちょっと不良なママでごめんね」
といったコピーの最後に、
「働く女は、結局中身、オスである」
という、少々刺激的なフレーズが並んでいた。
◇ 男なのか女なのか、
おっさんなのかおばさんなのか、
結局性別不能になり、
「いやぁ~~、ソコ行きますか ?」
という感じだが、
このコピーに対して批判が殺到した。
「時代遅れ」
「なんでママに見えちゃダメなの?」
「意識古すぎ」
「“オス”って男性に失礼じゃん」
「働く女性は男として生きなきゃダメなのか?」
などなど、
識者や専門家も参戦して “盛り上がった”。
◇「働く女は、結局中身、オスである」
というフレーズを、
ワーキングウーマンを読者とする
女性誌が使ったことが残念である。
これでは、ワーキングウーマンは、
「スカートを履いたオッサン」
ということになる。
◇ 女性活躍が叫ばれて久しいが、
女性管理職は一向に増えず、
その一方で
「管理職になりたがらない」女性社員が増え、
いろいろな企業が
「女性活躍の壁」にぶつかっている。
◇ その原因の一つが「0」より「1」の功罪だ。
男性だけの集団に1人でも女性が入ると、
男性が“男”という同質な集団だったことを
意識するようになる。
そこで、その一枚岩を壊したくない、
壊されたくないという意識が無意識に働き、
異物である女性に厳しくあたるようになる。
紅一点の女性は、排除されるか、同化するか。
はたまた、
屈辱的な扱いをされることに耐えるか。
究極の選択を迫られる事態が生じてしまう。
◇ つまり、「女性の部長が1人いる」とか、
「女性役員が1人いる」という組織の
「紅一点女性」は、男社会に同化した人たち。
いわゆるバリキャリであり、
スーパーエリートの
「スカートを履いたオッサン」と化す。
そんな女性上司の存在は、
低層階の女性の脅威でしかない。
「私にはムリ。あんな風にはなれない」
と若い女性たちはひるみ、
「バリキャリにならないとダメなの?」
と未婚女性たちは悩む。
◇ 周りから、「女だから」と
制限をつけられてしまい、
「属性のメガネ」を通してみられるのは、
決して嬉しいことではない。
◇ 1人の人間の中には、
「男性的な部分」もあれば
「女性的な部分」もある。
それらは相反するものではなく、
共存するものだ。
「働く女は、ママであり、
パパであり、娘であり、息子であり、
おっさんにであり、おばさんでもある」
これだったら、「うん、がんばろう!」と
もっとたくさんの人が思えたのではなかろうか。
今日一日の人生を大切に!
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