働く女はオスなのかメスなのか vol.482

 

◇ まるでレギュラー番組のように、

     連日連夜 “炎上ネタ” が報じられているが

     今回は女性誌の広告が物議をかもしている。

 

「働く女は、結局中身、オスである」

 

こんなキャッチコピーが先月末

東京メトロ・表参道駅にデカデカと掲載された。

 

広告主は、

小学館の女性誌『Domani(ドマーニ)』

 

雑誌の最新号を宣伝するための

キャッチコピーが並ぶ。

 

「今さらモテても迷惑なだけ」

 

「忙しくても、ママ感出してかない!」

 

「“ママに見えない”が最高のほめ言葉」

 

「ちょっと不良なママでごめんね」

 

といったコピーの最後に、

「働く女は、結局中身、オスである」

という、少々刺激的なフレーズが並んでいた。

 

◇ 男なのか女なのか、

     おっさんなのかおばさんなのか、

 

結局性別不能になり、

「いやぁ~~、ソコ行きますか ?」

という感じだが、

 

このコピーに対して批判が殺到した。

 

「時代遅れ」

「なんでママに見えちゃダメなの?」

「意識古すぎ」

「“オス”って男性に失礼じゃん」

「働く女性は男として生きなきゃダメなのか?」

 

などなど、

識者や専門家も参戦して “盛り上がった”

 

「働く女は、結局中身、オスである」

     というフレーズを、

 

ワーキングウーマンを読者とする

女性誌が使ったことが残念である。

 

これでは、ワーキングウーマンは、

「スカートを履いたオッサン」

ということになる。

 

◇ 女性活躍が叫ばれて久しいが、

    女性管理職は一向に増えず、

 

その一方で

「管理職になりたがらない」女性社員が増え、

 

いろいろな企業が

「女性活躍の壁」にぶつかっている。

 

◇ その原因の一つが「0」より「1」の功罪だ。

 

  男性だけの集団に1人でも女性が入ると、

     男性が“男”という同質な集団だったことを

     意識するようになる。

 

そこで、その一枚岩を壊したくない、

壊されたくないという意識が無意識に働き、

異物である女性に厳しくあたるようになる。

 

紅一点の女性は、排除されるか、同化するか。

 

はたまた、

屈辱的な扱いをされることに耐えるか。

 

究極の選択を迫られる事態が生じてしまう。

 

◇ つまり、「女性の部長が1人いる」とか、

  「女性役員が1人いる」という組織の

 「紅一点女性」は、男社会に同化した人たち。

 

いわゆるバリキャリであり、

スーパーエリートの

「スカートを履いたオッサン」と化す。

 

そんな女性上司の存在は、

低層階の女性の脅威でしかない。

 

「私にはムリ。あんな風にはなれない」

と若い女性たちはひるみ、

 

「バリキャリにならないとダメなの?」

と未婚女性たちは悩む。

 

◇ 周りから、「女だから」

    制限をつけられてしまい、

 

「属性のメガネ」を通してみられるのは、

決して嬉しいことではない。

 

◇ 1人の人間の中には、

 

  「男性的な部分」もあれば

  「女性的な部分」もある。

 

それらは相反するものではなく、

共存するものだ。

 

「働く女は、ママであり、

   パパであり、娘であり、息子であり、

   おっさんにであり、おばさんでもある」

 

これだったら、「うん、がんばろう!」

もっとたくさんの人が思えたのではなかろうか。

 

 

今日一日の人生を大切に!

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