◇いよいよ「平成」が終わる。
「平成」は1989年1月8日から始まり、
2019年4月30日に終わる。
「平成」は大きな戦争に
巻き込まれることなく30年が過ぎた。
それは、第二次世界大戦で
激しい辛苦に見舞われた日本にとっては
幸運なことだった。
しかし、経済的な観点から見ると、
「平成」は決して平穏ではなかった。
◇ 1989年と言えば、
バブルがいよいよ終わろうとしていた
最後の年である。
別の言い方をすれば、
バブルは平成元年の最後の日に弾け、
「平成」は30年間ずっとバブルの後遺症に
苦しみ続けた時代であったとも言える。
「平成」は決して悪い時代ではなかったが、
「平成」に就職活動をしなければ
ならなかった世代にとっては、
苦しい世代であったのだ。
この世代の仕事と経済を巡る苦しみが、
結婚率の減少や、少子化を生み出すことになり、
次の時代「令和」に巨大な問題として
引き継がれていく。
◇「令和」の時代は
どのような時代になるのか。
率直に言うと、平成の30年に渡って
放置され続けてきた「少子高齢化」の
時限爆弾が次々と爆発していく
時代に入っていく。
国には多くの世代が共存し、
人々はひとつずつ年を取る。
そのため、人口がどのように変わるのか、
というのは予測できる事態である。
元号が新しくなり、
気分が一新されたとしても、
国民の年齢が若返るわけではない。
つまり、人口動態の動きによって、
何が起きるのかはトンビのような素人でも
だいたい予測できるのである。
◇では、人口はどのくらい減るのか。
・3年9ヶ月の太平洋戦争で失われた人口
213万人
・この先50年で減少する人口
3,901万人
こらから50年で、
太平洋戦争で失われた人口の
20倍程度の人口が減少することになる。
◇ では「令和」に何が起きるのか。
それは、「少子高齢化」という
「毒」の蔓延だ。
「少子高齢化」は、
ある日突如として起きた問題ではない。
20年も前から
「このままでは日本は危険なことになる」
と言われ続けてきたのである。
しかし、平成の政治家は誰ひとりとして、
この問題を重く見ることはなかった。
日本の根幹を揺るがす
凄まじく危険な問題となり得るのに、
「こんな問題」に取り組んでも
何の得にもならないので政治は
見向きもしなかった。
◇そして、国民もまた増え続ける高齢者と
減り続ける若年層を見ても
他人事のように思って、
政治家に「一刻も早く何とかしろ」と
訴えることもなかった。
政治家も国民も「少子高齢化」の
深刻な問題にうまく気づけなかった。
しかし、平成の終わりが近づくにつれて
少子高齢化の弊害が次々と現れるようになり、
人々は日本の足元が
崩れていこうとしているのが
「やっと見えた」のだ。
◇ 地方がどんどん過疎化していき、
限界集落が次々と生まれるようになった。
若年層が経済的な問題を
気にして結婚しなくなった。
子どもも増えなくなった。
社会保障費が莫大に膨れ上がるようになった。
税金も過酷になった。
イノベーションも生まれなくなった。
不動産も下落した。
こうした問題が次々と起きるようになり、
もう取り返しが付かないのではないかと
思うほど危険な状態になって、
日本人は
「ひょっとして、少子高齢化は
日本を蝕むガンなのではないか」
と気付くようになっていったのである。
・地方の過疎化
・限界集落
・社会保障費の増大
・介護問題の深刻化
・税金引き上げ
・イノベーション欠如
・内需の縮小
・日本企業の不振
・労働人口の減少
・不動産の下落
・空き家の増加
・自治体の赤字
・外国人の増加
・日本文化の硬直化
これらすべてが少子高齢化の
進行で起きた問題である。
◇ 他にも多くの問題が、
「少子高齢化」によって引き起こされている。
少子高齢化が起こした問題が、
また別の問題を起こし、
玉突き状態になって
全体を悪化させているのが
今の日本の姿だ。
◇ 新しい時代「令和」になると、
こうした問題はさらに悪化し、
より深刻な事態を日本社会に引き起こす。
「平成」が放置した問題は
「令和」にツケが回されているため、
「令和」は幸せいっぱいの時代になる
というのはあまりにも楽観的すぎる。
もし、少子高齢化という
巨大な問題に対して何もしないのであれば、
「令和」は日本という国に
とどめを刺す時代になりかねない。
それほどの危機感を、
政治家も国民も持つべきなのである。
つづく
今日一日の人生を大切に!
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