歴史にみる教育のあり方⑩ vol.1087

会津と佐賀とは

 違うタイプの教育も、

 あの時代に存在していた。

 

 薩摩溜の人材育成だ。

 

薩摩藩の制度は、

高禄の家臣はあえて政治にかかわらず、

 

経済のことは、

小禄の才知ある者から適任者を選び、

任せている。

 

このシステムが非常におもしろい。

 

薩摩藩には兵農分離がない。

 

 武士と農民が混ざって住んでいた。

 

また、薩摩藩は普通の藩と違って

「禄券売買」が認められていた。

 

俸禄知行の売買が可能なのだ。

 

例えば、金が必要なときに、

10 0石のうち30石を

同じ薩摩藩士に売ることができた。

 

殿様の手を経ずに

禄が増減するシステムである。

 

また鹿児島県の女性は

 明治20年近くなっても、

 95%字が読めなかった。

 

識字率は女性が5%

男性で30%程度であった。

 

これほどまでに

識字率が低い薩摩藩から、

 

日本を動かすような逸材が

多数でてきたのか、

 

トンビには非常に典味深い。

 

薩摩藩の藩風は会津と

  大きく違う。

 

 身分や礼儀にうるさくない。

 

   会津藩は足軽に土下座をさせる。

 

ところが薩摩藩だけは、

殿様にも土下座をする習慣がない。

 

出会っても高い履き物を脱がずに、

そのまま礼をする。

 

薩摩には格式ばったところがなく、

アバウトな戦国風が残っていた。

           つづく

<今日の名言>

ひとの愚痴はおききなさい。

神様が誰かにそれを言わせいるのだから

             手塚治虫

 

*あの人の愚痴は、神様の言葉なのです。

 

今日一日の人生を大切に!

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