歴史にみる教育のあり方⑦ vol.1084

佐賀藩も、

 会津藩のありさまに近い。

 

 藩が教育を握り、

 藩士の思想を鋳型にはめ、

 藩校で官僚を育てていた。

 

要職者は、みな学校成績の

よい人間から選んだ。

 

佐賀藩では、

    人材選抜を「学校」で

  やっていた。

 

   家老が佐賀藩校で学ぶ

   藩士子弟の学業成績を

   極めてよく把握していた。

 

なぜ家老自身が知っているのか。

 

家老自身が学校に出入りするよう

強制されていたからだ。

 

この体制下で佐賀藩は

強国になっていった。

 

この佐賀藩に影響を与えたのも、

  熊本藩だったのである。

 

   学校でもって人材を

   国家が吸い取り、

 

官僚に養成して、

富国強兵を成し遂げるモデルは、

 

まず熊本藩がつくり、

佐賀藩や会津藩がそれをまねた。

 

学校教育によって、

 国家は富国強兵が達成でき、

 

 一方、個人には官僚としての

 立身出世が約束される。

 

「学校官僚制国家」

 いってよいものが、

 

1750年ぐらいから発達しはじめ、

各地に伝播していった。

 

学校で国家官僚を

 つくるシステムは、

 

 外国にモデルがあって、

 追いつけ、追い越せをやるときには、

 効率がよい。

 

明治近代化の人材育成が

まさにそうである。

 

洋式軍隊をつくり、工場を建て、

鉄道を敷設する、

 

そういう決まったモデルがあって

国家建設を推進する場合に、

 

実務官僚を育成するには

非常に都合がいい。

 

しかし、この教育は

紋きり型の答えをする優等生を

大量生産することになる。

 

深い人間、面白い人間は育ちにくい。

                                       つづく

 

<今日の名言>

もしも高いゴールに到達したいのなら、

何らかのリスクを冒さなければならない。

 アルベルト・サラザール(マラソン選手)

 

*リスクを背負ってまで挑戦したいとする
 真剣さと覚悟、これがないとゴールには
   到達できない。

 

今日一日の人生を大切に!

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