日々を過ごす 日々を過つ(あやまつ)
二つは一つのことか
生きることは
そのまま過ちであるかもしれない日々
吉野 弘 「続・吉野弘詩集」
◇ 渋々あやまちを認めた場合にも、
責任は少しでも軽くしたいのが
人間である。
そこであれこれと言い訳を考える。
◇ 芥川龍之介の遺稿 「暗中問答」で
登場人物は言う。
四分の一は僕の遺伝、
四分の一は僕の境遇、
四分の一は僕の偶然、
僕の責任は四分の一だけだ。
仕事がうまくいかないときに、
“私の責任は四分の一だけ” と
考えるようにすれば少しは心が軽くなる。
生きていれば誰でも間違いを
犯すものなのだから。
吉野弘氏の詩歌は、
保身にばかりこだわりがちな
心をほぐしてくれることだろう。
◇「過去」という語を
「過ぎ去る」と読めば、
何やら取り返しのつかない
平成の時代が流れたように感じられて、
不安にかられる。
しかしこれを「過ちが去る」と読むとき、
何かしら見えてくる明日がある。
「平成」もあっという間に過ぎ去った。
過ちをしながら、
明日からまた頑張ろう!
今日一日の人生を大切に!
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