◇ その先生が5年生の
担任になった時のこと、
一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。
先生はその少年の悪いところばかりを
中間記録に記入するようになっていた。
◇ ある時、少年の1年生からの
記録が目に止まった。
朗らかで、友達が好きで、
人にも親切。
勉強もよくでき、
将来が楽しみ、とある。
間違いだ。
他の子の記録に違いない、
先生はそう思った。
◇ 2年生になると、
母親が病気で世話を
しなければならず、
時々遅刻する、と書かれていた。
◇ 3年生では母親の病気が
悪くなり、
疲れていて、教室で居眠りする。
後半の記録には母親が死亡。
希望を失い、悲しんでいる、
とあり、
4年生になると
父は生きる意欲を失い、
アルコール依存症となり、
子どもに暴力をふるう。
◇ 先生の胸に
激しい痛みが走った。
ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている、
生身の人間として自分の前に
立ち現れてきたのだ。
先生にとって
目を開かれた瞬間であった。
◇ 放課後、
先生は少年に声をかけた。
先生は夕方まで教室で仕事をするから、
あなたも勉強していかない?
わからないところは教えてあげるから
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、
少年は教室の自分の机で
予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、
先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
◇ クリスマスの午後だった。
少年が小さな包みを
先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、
香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが
使っていたものに違いない。
先生はその一滴をつけ、
夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で
独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
ああ、お母さんの匂い!
きょうはすてきなクリスマスだ
◇ 6年生では先生は
少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から
1枚のカードが届いた。
先生は僕のお母さんのようです。
そして、いままで出会った中で
一番すばらしい先生でした。
◇ それから6年。
またカードが届いた。
明日は高校の卒業式です。
僕は5年生で先生に担当してもらって、
とても幸せでした。
おかげで奨学金をもらって
医学部に進学することができます。
◇ 10年を経て、
またカードがきた。
そこには先生と
出会えたことへの感謝と
父親に叩かれた体験があるから
患者の痛みがわかる
医者になれると記され、
こう締めくくられていた。
僕はよく5年生の時の
先生を思い出します。
あのままだめになってしまう僕を
救ってくださった先生を、
神様のように感じます。
大人になり、
医者になった僕にとって
最高の先生は、
5年生の時に担任してくださった
先生です。
◇ そして1年後。
届いたカードは
結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」と一行、
書き添えられていた。
ーー『致知』連載されていた話
◇ たった1年間の担任の先生との縁。
その縁に少年は無限の光を見出し、
それを拠り所として、
それからの人生を生きた。
ここにこの少年の素晴らしさがある。
人は誰でも無数の縁の中に生きている。
無数の縁に育くまれ、
人はその人生を開花させていく。
大事なのは、
「与えられた縁をどう生かすか」である。
今日一日の人生を大切に!