◇ ホレス・ウェルズは1815年、
アメリカのバーモント州の
裕福な大地主の家庭に生まれた。
ボストンで歯科医師としての修業を積み、
生まれ故郷で歯科医を開業したのは
21歳のときだった。
真面目で研究熱心なウェルズは、
義歯の製法で独自の技術を編み出すなど、
常に患者のことを考える
歯科医として評判になっていた。
◇ そんなウェルズが更に
大きなチャンスを掴んだのは、
1844年12月のことだった。
ウェルズは近所で開かれた
「亜酸化窒素吸入効果の大実演会」
というイベントを見物に出かけた。
「笑気ガス」とも呼ばれる
亜酸化窒素を吸うと、
人が暴れたり踊り出したりすることが
知られていた。
ウェルズが見物した実演会とは、
観客の中から希望者を募って舞台に上げ、
亜酸化窒素を吸わせて、
その滑稽な振る舞いを
面白がるというものだった。
◇ 亜酸化窒素を吸ったウェルズが
正気に戻ったとき、
一緒に舞台に上がった知人が
足から血を流していることに気づいた。
その知人は舞台上で暴れ回り、
椅子に足をぶつけていた。
しかし、ウェルズが
「けがをしているみたいだよ」
と指摘するまで、彼は気づかなかった。
このとき、ウェルズは閃いた。
亜酸化窒素を使えば、
痛みなく虫歯を抜けるのではないかと。
◇ 翌日、ウェルズは自らが実験台になる。
亜酸化窒素を吸入した上で、
仲間の歯科医に親知らずを
抜いてもらったのだ。
目を覚ましたウェルズは、
親知らずがあった場所に、
隙間ができていることを感じた。
ウェルズは叫んだ。
「これは大発見だ。
ピンが刺さったほどの痛みも
感じなかったぞ!」と。
人類が待ち望んでいた麻酔が
発見された瞬間であった。
◇ ウェルズはすぐさま自身の歯科医院で
亜酸化窒素を使い始めた。
「痛みのない歯科医」という
評判が広がり患者が殺到する。
ウェルズは仲間の歯科医に
その方法を伝授する一方で、
その効果を広げるための公開実技を計画する。
場所はボストンの
マサチューセッツ総合病院。
医学の最先端を走る
ハーバード・メディカル・スクールの
関連病院だった。
つづく
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