◇ 土佐高知の旅館「城西館」に
一本のウイスキーボトルが残されている。
吉田茂が飲み残した高級スコッチ
「オールドパーのボトル」である。
顧みれば、このスコッチは、
欧米諸国を視察した 岩倉具視使節団 が、
欧州文明の代表物として持ち帰ったものという。
使節団副使は 大久保利通
吉田茂の妻は、その大久保利通の孫娘であった。
吉田は昭和21年5月に、
内閣総理大臣となった。
広島の酒造家の伜であった池田勇人が
ウイスキーを好むようになったのも、
吉田のオールドパーと無縁ではない。
◇ 佐藤栄作は、ほとんど下戸で
ウイスキー党に入党することはなかったが、
別の役割を担った。
昭和38年、吉田茂邸を田中角栄が
訪問した際、佐藤栄作が仲介した。
当時、田中は45歳。
池田内閣の蔵相を勤めていた。
田中はこの時、手土産に良寛の書を持参。
吉田との間にこんな会話がかわされた。
吉田 「これは本物か」
田中 「値段からしてそう思います」
吉田 「おまえが持つと本物も偽物だが、
俺が持つと偽物も本物になるんだ」
そんな言葉とともに、
吉田から田中にふるまわれたのも
オールドパーだった。
後日、田中が佐藤に訪問の内容を伝えると、
佐藤は言った。
「あれを出されたら間違いない。
気に入られたんだ」
これといった学歴も人脈もない田中が、
総理まで上る一筋の光を見た瞬間だった。
以降、田中は終生オールドパーを愛飲した。
<今日の名言>
佐藤栄作は竹下登にこう語った。
政治家の世界は100メートル競争ではない。
マラソンだ。
最初から優勝しようと思うな。
自分のペースで走れ。
自分の身柄に合った早さで、
自分の心臓の強さに合わせて走れ。
トップランナーは、子供の投げた
バナナの皮にすべって転ぶ。
二番手と三番手は、あまりに競い合って、
コーナーを曲がる時に身体がぶつかり、
二人でひっくり返って、アキレス腱を切る。
四番目の走者は下痢になって、
テープの100メートル前で、
もれそうになってしゃがんでしまう。
そうすると、竹下君、
十番目、二十番目では困るが、
五番目くらいのところにぴったりつけていけば、
最後に君が勝つことになる。
※ 何も最初から最後まで一番でなくていいんだ、
自分のペースを守りながら、長期的視野を持ち、
可能性を信じ、今できるかぎりのことをしていこう。
いつか報われる日が、必ず訪れる。
今日一日の人生を大切に!