◇ かれこれ3年半ほど前になるが
日経新聞夕刊の「あすへの話題」で、
漫画家、エッセイストの柴門ふみ氏が
以下のように記していた。
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傍から見れば理想的な
仲良し夫婦であっても、
妻から夫の悪口が漏れ出ることがある。
「夫はねえ、嫌なこと面倒なことは
すべて 私に押し付けるの」
三十年来の友人であるA子は
私によくそう言う。
しかし、日本人の平均から見れば、
彼女のご主人は家事を
よく手伝っている方だと思う。
嫌なことってたとえば具体的に何?
とA子に尋ねてみた。
すると、郵便物をポストに入れるのを
面倒くさがって妻にいつも押し付けるの、
という答え。
それ以外は?とさらに聞くと、
とりあえず今はそれしか
思い出せないと彼女は言った。
A子のご主人は、
投函よりよっぽど面倒くさい
家族旅行の手配や、
妻の誕生日のレストラン予約を、
いつもやっている。
思うに、
郵便物の投函を
命じられるたびにA子は、
「ああ、面倒くさい。夫はいつも
嫌な面倒なことを私に押し付ける」
と頭の中で繰り返し、
それによっていつしか
〈嫌なこと面倒なことを
いつも押し付ける〉
夫像を脳に定着させてしまったのだろう。
不満を言葉にして繰り返すと、
それがあたかも真実のように
脳に付着してしまうことがある。
特に、
〈すべて〉〈いつも〉
といった強調の副詞は、
物事をどんどん真実から
遠ざけてしまうので
気をつけなくてはいけない。
怒りにまかせた感情的な言葉を
言葉にしてはいけない。
話が通じない上司に対し、
「どうしようもない馬鹿」
という感情が一瞬
思い浮かんだとしても、
言葉にする前に忘れることだ。
日経新聞夕刊2019年5月31日号
「あすへの話題」より引用。
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◇ これは素晴らしい話である。
特に感心したのは次のくだり。
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不満を言葉にして繰り返すと、
それがあたかも真実のように
脳に付着してしまうことがある。
特に、
〈すべて〉〈いつも〉
といった強調の副詞は、
物事をどんどん真実から遠ざけて
しまうので気をつけなくてはいけない。
怒りにまかせた感情的な言葉を
言葉にしてはいけない。
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◇ 心理学で言われる、
認知の歪みの一つに、
『過度の一般化』
というものがあるが、
この話はまさにこれに当たる。
たった一つか二つの事例を
汎化して捉えてしまい、
物事を見誤ってしまう事例だ。
◇ たとえば
過去にうまくいったことが
たくさんあるのに、
それには目をつむり、
自分の至らぬところを探し出しては、
ほんの一つ、二つの事例ばかりに
目を向けて、
『いつも』失敗ばかりしてしまう。
やることなすこと、
『すべて』うまくいかない、
といった言葉を繰り返す人がいる。
このようなことを習慣的に繰り返すと、
そのネガティブな思いが脳に刻み込まれ、
「自分は失敗ばかりで、
何をやらせてもうまくできない」
といった、
「真実でないことを
真実だと信じてしまう」
ということが、
頻繁に起きるようになる。
これらもまた典型的な
「認知の歪み」と
いっていいだろう。
◇ すべて、いつも、
といった副詞を、
安易に多用するようになると、
それによって、
無意識に認知が
マイナス方向に歪まされてしまう。
◇ こうした形で無意識に生じた
非合理な認識と、
そこから生まれた
ネガティブな思考や感情の再強化、
このような流れを断ち切らない限り、
延々と、
「怒りや悲しみや
不満や不安や自信のなさ」
といった感情が
次々と押し寄せることになる。
◇ これと同じパターンが、
人生や仕事で繰り返されてしまうと、
どうなるか?
「人生をより良くしたいと
願っているのに一向に良くならない」
という結末を迎えることに
なるではなかろうか。
そうならないためにも、
「強調しない反復しない生き方」は、
常日頃から心掛けるべきであろう。
今日一日の人生を大切に!