◇ 平成最後の、戦争を省みる夏がゆく。
まもなく訪れるのは次の時代だ。
そして東京五輪・パラリンピックが間近に迫る。
しかしその舞台となる新国立競技場は、
戦争の記憶と切り離せぬ存在であった。
◇ 1943年10月21日、明治神宮外苑の
この場所で出陣学徒壮行会が開かれた。
訓示は、ひときわ高ぶった声の東条英機首相。
答辞を読んだのは東京帝大の一学生だ。
「生等(せいら)、もとより生還を期せず」
「今や見敵必殺(けんてきひっさつ)
の銃剣を引っ提げ」……。
降りしきる雨のなかの悲壮な情景は生々しく
ニュースフィルムに焼きつけられた。
その人、江橋慎四郎氏は今春、
97歳で亡くなった。
戦争をくぐり抜け、戦後を生き抜き、
まさに現代史の証人だった。
出陣学徒壮行会での答辞を終生、
彼は背負っていたかもしれない。
命脈を保ってきた「昭和」が、
こうして消えようとしている。
◇ 振り返れば 「平成 」とは、
あの戦争をたどりうる貴重な歳月だった。
戦争体験、戦場体験を持つ人々が
少なからず存命だったのだ。
いまのシニアは、そんな親世代から戦争の話を
じかに耳にした最後の世代である。
トンビのまわりには
「満州」や「南方」から
引き揚げた親戚がいた。
「仏印」なる言葉を口にする年配者もいた。
◇ 戦後73年という時間距離は、
明治維新から日米開戦までに等しい。
密着感を持つにはあまりにも遠い。
かくなる時代に、
これまで以上に大切になるのは
歴史を多面的に見る努力だろう。
記録を冷静に捉える姿勢だろう。
◇ 歴史にはさまざまな側面がある。
見たいものだけを見るのではなく、
正にも負にも、虚心に目を凝らさねばならない。
あの戦争は日本人も苦しめたが、
アジアの人々の痛苦に
思いをいたさなければ全景は見えない。
雨の神宮外苑から21年後、
同じ場所で前回の東京五輪は幕を開けた。
そこからまた半世紀あまり。
こんども神宮の森は大いに沸くだろう。
そんなわたしたちも、
はるか遠景の昭和を見つめ続けたい。
昭和もわたしたちを見つめている。
しっかり記憶に止めるようにと
訴えるかのように。
今日一日の人生を大切に!