◇「自己啓発」という熟語に使われる
「啓発」は、中国の古典にある「論語」の
「憤(ふん)すれば啓(けい)せず
悱(ひ)せんずば発せず」
に由来するといわれている。
「憤す」とは、
知ることができずに煩悶すること。
「啓す」は説明して
わかるようにしてやること。
また「悱す」は、
心でわかっていても口で表現できないこと。
「発す」は、十分に言い表すことが
できるように教えてやること。
つまり「啓発」とは、
物事を深く理解しようともだえ苦しみ、
どう表現すればいいか、
散々苦しんだ者でなければ
おしえることはできない、
という意味になる。
◇ 充実した気力と情熱がなければ、
何事も進歩がなく、
苦しみ悩んだ後でなければ
上達はしないということになる。
自分で高めようという心意気もなく、
努力を放棄してしまっては
向上するのは難しい。
ともすると我々は、
上達しない責任を「教え方が悪い」と
指導する者に転嫁しがちだが、
しかし、あくまでも、
「学びの主体は学ぶ側にある」
というのが、「啓発」という言葉の
本来の意味となる。
<今日の名言>
炎天の 地上花あり 百日紅(さるすべり)
高浜虚子
*灼熱の空間に鮮やかな紅色の花が
目に浮かびます。
今日一日の人生を大切に!