◇ 戦後日本の復興を担った経済人で、
「本物のリーダ」として敬愛される人物、
土光敏夫さんという人がいた。
50歳以上の方はご存知の方も
多いと思います。
生活が大変質素なため
「めざしの土光さん」
と親しまれていた。
その土光さんが、時の権力者、
田中角栄と対峙した場面がある。
立花隆氏が田中角栄の
金権政治を告発する
「田中角栄研究」を文藝春秋に発表。
世間は騒然とした。
1974年10月のことだ。
◇ 当時経団連の会長を務めていた土光は、
その記事を読むと総理官邸へと向かった。
「総理、今日はあなたに
赤いちゃんちゃんこを着けにきた」
財界総理の土光が、
政界総理の田中角栄の眼をじっとにらむ。
「あなたは今日から
石の地蔵さんになってほしい。
石の地蔵さんは頭を丸めて
赤いちゃんちゃんこを着ている。
ボクがあなたに赤いちゃんちゃんこを
着せるのだ」
「土光会長、いったいなんの話ですか」
田中は、例のだみ声で土光に聞いた。
土光の眼鏡の奥から、
禅宗の名僧が喝を入れるよな
鋭い眼差しで、田中をにらんだ。
「文藝春秋の記事を読んだら、
一晩、眠れなかった。
このさい、総理、頭を丸めてはいかがなものか」
田中はむっと押し黙った。
だが、土光の視線は田中の眼を射ったままだった。
しばらくして、田中の口が開く。
「土光会長、ご心配をいただき大変申し訳ない。
あの記事は、うわさ話をまとめたもので
正しくない。
しばらくすれば、おさまりますよ」
田中は、自分の進退について
一言も言及しなかった。
◇ 土光は自問自答した。
「田中内閣はこれで終わりだな。
しかし田中はまだ若い。
目白の豪邸をどこかに寄付して、
さっさと引き払ってしまえ。
そして頭を丸めて禅寺でも籠もるが良い。
5年か10年すれば再び檜舞台に
引っ張り出される日が必ず来る。」
正義感を振りかざすのではなく、
相手の人生を考える懐の深さ。
厳格さと温情の絶妙なる共存。
ここが土光さんの
人間的な魅力なのかもしれない。
つづく
今日一日の人生を大切に!