◇ 安政二年(1855年)正月元旦。
萩藩の野山獄に変わった囚人がいた。
なんでも、ペリーの黒船に小舟でこぎ寄せ、
アメリカに密航を企てた危険人物だという。
ところが、元旦から、この囚人が
「妹に手紙を出す」 と、
獄中、せっせと筆を動かしている。
その手紙がなかなか面白い。
◇「新年おめでとう」というが、
なぜ 新年はめでたいのか ?
その理由を妹に説明するのだといって、
理路整然と書いている。
“めでたい” の “め” は
目玉のことではなく、
木の芽、草の芽 のことである。
木草の芽は冬至から一日一日、
陽気が生じるにしたがって萌え出る。
この陽気は、物を育てる気で、
人の慈悲仁愛の心と同じ。
天地にも 人間にも 好ましい気だ。
つまり陽気が生じて、
草も木も芽がでたいと思うのが、
”おめでたい” と
いうということである。
人間の場合は、新年で、
きたない心を洗い流し、
人間本心である優しい気持ちに
戻ることが
「新年おめでとう」の真意である。
囚人はそう書いている。
◇ その言葉のごとく、囚人は出獄すると、
自分が春の陽気になったつもりで、
人を育てはじめた。
囚人の名は 吉田松陰
彼の教えた松下村塾からは、
高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文らが出た。
彼の春風のような教えを受けて、
ほんとうに、近代日本の蠢動(しゅんどう)が
はじまったといってよい。
もし、吉田松陰が長生きいていたら、
明治以降の歴史が変わっていたかもしれない。
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